このプロジェクトは、カネルトン小学校(インディアナ州,アメリカ合衆国),
ヅ・ワヅン小学校(ハーレム,オランダ)そして
日吉小学校
(日吉,日本)の三校によって企画されました。


Students
Cannelton

リンカーン・トレイル・ブリッジ
ボブ・カミングス・ブリッジ


 カネルトンのオハイオ川にかかる橋の建設がはじまったのは、1964年、6月13日です。この橋は、インディアナ州カネルトンと、ケンタッキー州ハゥェッシュビルを結ぶものです。完成には2年かかり、1988年、11月19日にできあがりました。開通は1966年12月21日、午前9時30分。そのために、リンカーン・トレイル・ブリッジと呼ばれるようになりました。ボブ・カミングスが、カネルトンでこの橋の建設にかかわったので、1974年、後になってから、この橋はボブ・カミングス/リンカーン・トレイル・ブリッジと改名されました。彼は市民のリーダーであり、カネルトンとハウェッシュビルの間に架かる橋の建設のために、たゆみなく働きました。これ以前は、川を渡る唯一の方法は、フェリーを使うことでした。ここを横切る車を載せて航行された最後のフェリーは、1966年12月21日のものでした。こうして、橋は公に使われることになったのです。

 

 私たちは何年もの間カネルトン小学校で校長先生をし、また、ずっとカネルトンに住み続けているウィリアム・ベネット先生にインタビューしました。先生はフェリーの車での横断料金を覚えていて、およそ1ドルだったということです。人の場合は、一人およそ10セントでした。

 


 私たちは、また、フロイド・フリーマンという、これまたカネルトンに住み続けている人にインタビューしてみました。その人の話では、橋ができたことによって、川の反対側で仕事をしている人にとっては、仕事への行き来がとても楽になったということです。この人からは、次のような話も聞きました。
 「私は、車と一緒にフェリーに乗ったある夜のことを今でも覚えている。その夜、フェリーにはたくさん、車や積み荷を載せすぎた。フェリーは、水にどんどん深く入り込んでいった。この夜、川は荒れており、川の波は、フェリーの人々が集められて座らされているベンチのある小さな部屋のあるデッキまでふりかぶってきた。その時には、フェリーの最上部にさえもやってくる状態だった。橋は、このような問題を完全に取り除いた。人々が週から週へ移動して働くことを可能にしたということで、この橋は、本当に価値あるものです。」

このレポートにおける参考文献は:
ペリー・カウンティ・ツーリズム・ウェッブサイト − Perry County Convention and Visitor's Bureau: 
http://www.perrycountyindiana.org/ 

インタビュー : ウィリアム・ベネット先生、そして、フラッド・フリーマン氏 − カネルトンに住む続けている人として

写真
:
マーガレット・シャンク (ferry boat- freeman5.gif)


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